禁煙と転職とモテたい願望

会社に退職の意思を告げるも、今は繁忙期だからと流される餅夫のブログ Twitter始めましたが友達がいません→https://twitter.com/mochitakeo1

裁量労働制がヤバいのは僕の過去が証明している。

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最近、政府の働き方改革で裁量労働制が話題になっている。

 

個人的には裁量労働制は悪法としか思えない。それを範囲拡大しようとしてるのは正直、気がふれているとしか思えない。

 

というのも、僕自身が以前、裁量労働制で働いていた経験があって、それはもうヒドイもんだったからだ。

 

裁量労働制って何?という人も少なからずいると思うのでザックリと説明すると、一定の業務についてその進め方を労働者が自由に決めていいですよ、という制度。

 

当時の僕の仕事は一ヶ月に3冊の雑誌を作成すること。〆切前は、取材やら記事の確認やらで、毎日徹夜続きで大変だったけど、〆切後数日は定時より少し早めに帰ることができた。

 

大変だったけど、今思えば楽しかった。

 

けれども、上層部の意向でWEB組と雑誌組を統合した時から、その歯車が狂い始めた。

 

WEB組は雑誌組は同じ課だけれど、動きは随分と違った。特徴としては、〆切一週間前からの鬼の追い込み以外は平和な雑誌組。日程による波はなく、コンスタントに25時過ぎなWEB組、といったところだろうか。

 

それが統合されると「コンスタントに25時を過ぎないと帰れないくせに、締め切り前は徹夜が当たり前。しかも、〆切直後の休みもない」みたいなクソな職場の完成だ。裁量労働制なのになんで?と思うかもしれないけれども、ココでミソになるのは一労働者である僕は、上から与えらえた仕事の量を裁量する権限はない点だ。

 

しかも、1日についてのクライアント訪問数ノルマもあり、なおかつ情報共有のために事細かにセールスフォースに書き込まなくてはならない。さらには、昨日にいくら遅く帰っていても(退社が早くで25時の職場)、出社の時間もキッチリ決まっていて、これを過ぎると晒し上げのような形で説教が始まる。もう形だけの裁量労働制であり、事実は世に言う「働かせ放題」な状態だった。

 

実は、この制度、一年に一度承諾のサインを書類にしないといけないのだが、その時に面談するのが、その時しかこない本社のコンプライアンスなんちゃら部のお偉いさん。

 

「なにか問題ありませんか?」など優しい言葉を掛けてはくるのだが、そこで愚痴を言ってしまうと上司が面談終了後に現れて、数時間みっちりお話し合いが行われるのは有名だった。記憶が正しければ、毎年の年度末か、年度の始まりにそういった面談があったのだが、お分かりの通り忙しい時期だ。

 

下手に改善を期待して、告げ口をして会社に不信感を抱かれ、数時間説教されるよりも、「はいはい。何の問題もございません」と面談を早々に終わらせ、仕事を終わらせた方がはるかに建設的だった。それはみんなの共通認識だった。

 

労働組合?は?見たこともねーよ。

 

そんなクソみたいな職場になると皆、あっという間に辞めていって、仕事は忙しくなるのに人数は減っていく負のスパイラルに陥っていく。これに入ると大変だ。新人が入っても、あまりの激務にすぐに辞めていく、そうすると引継ぎの回数だけ多くなっていく。ロスだ。圧倒的ロス!

 

しかも、すぐにクライアントが手元に戻ってくるもんだから、そのフォローだとかなんとか忙しかった。

 

もちろん給料は据え置き。残業代もない。

 

だって裁量労働制だもん。

 

月に3冊の本の編集をしながら、100以上のクライアントにリアルタイムでのWEBでの反応を確認し、問題点を洗い出しながらコンサルティング(と言う名の客先での雑談)を行う。

 

タイミング的にはiPhone以外のスマホが普及し始めたタイミングだろうか。雑誌の売り上げよりもWebサイトの方が儲かる時代の幕開けだった。Webは雑誌よりも即効性があって、クライアントにも直に影響があるので、その分みんな真剣に取り組む。

 

会社もさらにアクセス数を稼ごうと新機能をつけるけど、それをクライアントに伝えるのは僕らお仕事。どんどんすることは煩雑化していくのに、お給金はもちろんそのまま。

 

だって裁量労働制だもん(2度目)

 

石川啄木の作品に「はたらけど はたらけど猶わが生活 楽にならざり ぢっと手を見る」とあるが、まさにこれだ。

 

一ヶ月160時間の残業は当たり前で、休日出社も珍しくない。そんな生活だった。もしかすると上層部は人員の問題を真摯に受け止めて、入社・教育をしてくれていたのかもしれない、けれども当時の僕らにはそうは思えなかった。新人が入っても「残弾数が補充された」くらいにしか思えなかった。

 

上層部が甘い汁を吸うために、下っ端を使い潰す。現代風に言えばガチャだ。忠誠心も高く、初期パラメーターも髙く、スキルもある。そんなスーパーレアキャラが出るまで、その繋ぎとしてドンドンと言わば外れを手を変え品を変えて運用する。そんなクソみたいな日常が続いていた。

 

売上を追い求めるあまり、編集から何人かを営業に転向させ、その中の一人が睡眠薬の過剰摂取で自殺未遂をするまで、僕らは自分が置かれている立場を、冷静に判断することすらできない状況だった。激務に流されてそんな余裕はなかったのだ。

最後に

ウチはそんなことしないよ!と思うかもしれないけども、人間の欲望は天井知らずだ。アレもコレもといつの間にか、てんこ盛りパックが出来上がってくるに違いない。定時前に帰る人がいたとして「暇だったらこれやってよ」と言う。そんな軽い気持ちがいつの間にか、働き方を暴走させるのだ。


なので個人的には反対だ。会社はあくまで利益主義であり、そんな制度を許してしまえば、それは政府が殺人許可書を経営者に発行するのと同義だろうと思うのだ。

 

※あくまで個人的感想です