禁煙と転職とモテたい願望

会社に退職の意思を告げるも、今は繁忙期だからと流される餅夫のブログ Twitter始めましたが友達がいません→https://twitter.com/mochitakeo1

ねえ、ねえ!みんな聞いて!ドアノブを回すとピコピコ動くアレって「ラッチ」って名前らしいよ!

真冬の25時。

 

とある1Kの一室で必死に扉のドアノブを回す男がいた。

 

男の名前は「餅夫」。いい年こいたオッサンである。子どもの頃に見た仮面ライダー響鬼のように「お兄さん?おじさんでいいんだよ」と言えるような余裕のある大人ではなく、最近オーダーのシャツのウエストラインを少し大きくしてもらおうかと悩む三十路だ。

 

 

この男、既に三分ほどガチャガチャとひたすらにドアノブを回している。どうやら、リビングへと続く扉があかないようだった。

 

ちなみにお風呂上がりに温かいパンツとシャツを身に付けたいと、暖房の効いた部屋にそれらを置いていたために全裸である。 ポカポカに温まったはずの体もすでに冷え始めており、傍目からも冷静さを欠いているように見える。

 

「おいおい、マジかよ?間違って鍵でも閉めちゃったか?勘弁してよ〜。鍵どこ置いたっけな」

 

ゆっくり回したり、急に強く回したりと色々試しても、全く反応がないレバー型のハンドルを見て、どうやら男は何かのはずみでドアの鍵が閉まってしまったと判断したようだ。錆びついた脳みそをフル回転させ、鍵の在り処を思い出そうとしているようだ。

 

けれども事実は無慈悲である。男はついぞ鍵の在り処を思い出せなかった。 当然である。なぜならばこのドアには鍵というもの自体がないのであった。生活の基盤をこの部屋に移して7年ほど経つはずだが、それすらも理解していないのだろうか。

 

あるはずのない鍵の在り処を探そうとするあたり、男がいかに混乱しているのか分かっていただけるだろうか。

 

ふと、男は置いてあるバスタオルに手を伸ばし枚数を数え始めた。どうやら何かを考えているようだ。

 

おもむろにタオルを腰に巻き、何を血迷ったのか急に玄関のドアを開けた。

 

ビュウと強い風が吹いた。その日は珍しく夕方から雪が降り始めていたここともあって冷たい。皮膚を突き抜け、骨に響く衝撃に一秒も耐えれず「ふぇ〜」と言って玄関を締める。

 

どうやら外に応援を呼ぼうと思っていたようだ。パンツ一丁どころか、腰にバスタオルだけを巻いた男が現れば、その後どうなるかもわからないのだろうか。呆れるばかりだ。

 

「そうだ!携帯・・・は部屋の中だよな」

 

分かっていた。分かっていたんだけれども、一応声に出すことで候補から消したようだ。

 

呆然とする餅夫。けれどもそのままでは何の進展がないことはわかっているようだ。給湯のメーターを確認し、再度お風呂に湯をはり始める。けれども、満足する量になるまで足りるかは微妙と判断したのだろう。水を入れた鍋を火にかけ、ダメ押しとばかりにケトルのスイッチもいれる。

 

足が無意識に小刻みに動く。すでに足の感覚がないようだ。余分にあったバスタオルを一枚羽織って、もう一枚は足に巻く。

 

怪人バスタオルマンが生まれた瞬間である。

 

外気と肌に隔たりができて余裕ができたのか少し満足げな顔を浮かべた。

 

まだお湯が貯まるには時間がかかる。 その時、餅夫は天啓があったような衝撃を覚えた。トイレに入り、便器に座る。そう、この部屋はオール電化で暖房便座が標準装備だったのだ。お尻に直に感じる暖かさに、文字通りションベンをちびりそうになる餅夫。

 

(負けてたまるか!)

 

ここで出すのは負けた気がした彼は我慢した。

 

なぜかは知らない。きっと神様だけが知るところなのだろう。 暖かさに触れたからだろう。瞳の中に一握りの理性が戻ったように見える。

 

考える人あらため便器に座る餅夫はこれからのことを考える。

 

ふと脳裏に浮かぶのはドラマでよく見るドアをぶち破るシーン。背に腹は変えられないが、彼はそれをしたくなかった。理由はいくつかある。そこが貸家であることと時間が真夜中ということ。あとは単純に痛そうだからだ。

 

(まだ平和的な解決方法があるはずだ)

 

ドアを相手に平和云々を考えている時点でヤバイのだが、そこは置いておこう。

 

(鍵ってことは向こう側には、あの鍵の回すやつ(サムターン)があるはず。それだったらガラス一枚で済む)

 

なんと、この男まだこの扉が鍵付きでないことを思い出せないようだ。とんだ阿呆である。もちろんドアには鍵穴はなくサムターンもない。ついでに言うと、彼が言ったガラス一枚とは、件の扉にはデザインとして20センチ四方の梨地ガラス(向こうが見えない遮蔽ガラス)が幾つか設置されていて、ドアノブ付近の一枚を破壊して盗人よろしくサムターンを回そうと考えているのだ。

 

敷金や礼金を考えながらも、この男にも一応生活があった。その日と次の日は休日なので、どうにかなるが平日になれば仕事があるのだ。

 

よしっ!と便座から立ち上がる。 お尻から感じる暖かさが離れるとまた小便が零れそうだったが鋼の意思でそれを抑えた。

 

すべてが終わってお風呂に入ろう。

 

そう考えお風呂の蛇口を締める。温度は上々。きっと入れば気持ちがいいだろう。ボコボコと音を立てるケトルの熱湯を豪快に湯船にぶち込む。鍋はまだわき始めといったところ。すべてが終わったあとにはいい温度になっているはずだ。

 

男は足に巻いていたタオルを腕に巻き直す。

 

もちろんガラスをぶち破るためだ。

 

思えば、あの時が生まれて初めて自分の意思でガラスを割ろう!と考えた瞬間でしたねと、男は後に語る。

 

思い出すのは小学3年生の頃と中学2年生のころ。

 

小学時代、グラウンドから下駄箱への戻る途中に、足元にあったちょうどいい石を思い切り蹴飛ばしてガラス戸の玄関を破壊したのは小学校3年生のころだった。

 

血気盛んだった中学2年のときには、喧嘩相手に頭を捕まれて教室の窓に頭から突っ込まされた。奇跡的に無傷だったが、下手をすれば男はここにいないだろう。

 

けれどもそのどちらも男の意思とは無関係だった。今日初めて自分の意思でガラスをブレイクするのだ。

 

半ケツのままドアの前に並ぶようにしゃがむ。ちょうど右肩の上がドアノブに触れるような格好だ。

 

ふーっと息を吸い込む。足の位置を調整する。割れた際に音が出ないように最初からガラスに拳を付けた状態で一息でぶち抜く形だ。けれども、まだ体勢は不安定のようで少しぐらつく。右肩をグッと扉に付け、ダメ出しに右手を逆手にドアノブの芯をつかむ。

 

再度息を整える。イメージは完璧。あとはその通りなぞるだけ。よしッ、と一度体勢を戻そうと右肩をドアから離したところで足がもつれた。

 

あっ、と思った。

 

とっさに左手で支えようとするが間に合わない。代わりに握っていたドアノブを無理に固める。

 

夜中の25時30分に半ケツで震えながら転がる男がいた。

 

男の名前は餅夫。友人の殆どは結婚をして子どもがいるのも珍しくない三十路の男である。

 

半ば極められたようになっていた右手が痛む。呻く怪人バスタオル。

 

世間体を気にしてか、うめき声も控えめである。

 

けれども肉体のダメージは甚大。すぐさま立ち上がり右手を解こうとグルリと回すと体に温かい風を感じた。

 

・・・・・・なんと扉が開いたではないか。

 

驚く餅夫。

 

一体なぜ?

 

天の岩戸のように固く閉ざされていた扉が突如開いたことは嬉しく思ったが疑問は尽きない。

 

すぐラッチを覗き込む。指で押すとスルッと引っ込み、離すとピョコととびでる。どうやら問題がないようだ。

 

ハッ?!まさか?!

 

ドアノブを握る。

 

下にグイッと回す。

 

反応なし。

 

ドアノブを上に回す餅夫。

 

 

 

 

カチャ(ラッチが引っ込む音)

 

 

 

 

ドアノブを戻す。

 

 

 

 

 

ただいま〜(幻聴)

 

 

 

 

なぜ扉が開かなかったのか。それは単純にラッチの故障だった。再三書いたが鍵ではない。しかも完全に壊れているわけでなく、上方向へと動かせば正常に動くのだ。

 

愚かにも、ドアノブをいつも通りに下方向にしか回していない男の行動が原因だったのだ。

 

事態を正しく理解した男はただ立っているのみだった。己が無力を噛み締めているのだ。これほどに悔しかったことは、高校受験で志望校に落ちたことと志望する会社の最終面接で落とされたくらいにか記憶にないほどであった。

 

唇をきつくかみながら男は風呂へと足を進めた。入ったお湯は今の彼には少し熱すぎたようだった。

 

 

 

 

 

風呂上がりに彼はドライバーを取り出してレバータイプのドアノブを外向きに設置するのだが、考えなく動かしたせいでドアノブが邪魔で扉が閉まらなくなって勝手にブチ切れるのだが、それはまた別のお話。