禁煙と転職とモテたい願望

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意識低い系は形から入ったほうがいいと思う理由

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意識低いの分かってるでしょ?

社会人になってから意識髙い系の人は嫌いではないと思えるようになった。なんだかんだ行動していたり、出来る出来ないは別として表だって口にしていることが素直に凄いなと思っているからだ。

 

自他ともに認める意識低い系の僕は、どちらかというと陰でコソコソと活動していたり、新しいことにチャレンジするよりも既存のものを効率的にする方が好きだったりする。言うならばチャレンジが乏しいのだ。

 

 

スタートダッシュは大切です

だから何か新しいことをやろうと思ったら初手に全力を傾ける。なぜならば、なんとなくで始めた新しい取り組みは、最初期の熱がフッと冷めた瞬間に続かなくなるのだ。

 

個人的にその代表格がギターだ。

 

当時大学生だった僕は実家に眠っていたギターを見つけた。母が使っていたというアコギだった。幸いにほとんどの道具は残っていたので、色々と調整して練習を始めたのだが、間違いなく自分の中で一番ギター熱が高まった瞬間は、YAMAHAでピックを買った瞬間だった。

 

それからどんどん僕の中でギター熱は冷めていって3週間が経つ頃にはもう触れることもなくなっていった。他にも色々とあるが、何かを中途半端な気持ちで始めた時は、道具も共通して入門機的な物を購入していた気がする。

 

書くことに関しては「万年筆」。自転車は「ピストバイク」、カメラは「canon 6D」。手の届く範囲よりもほんの少しいい物を買って使うことにしている。どれも決して安くない買い物だったが、最初は熱意で、中盤のダレ期は「もったいない」という気持ちで使用していた。

 

ダレ期を無事に過ぎたので、今ではしっかりとした自分の趣味というか生活の一部になっている。

 

道具に騙してもらう日々

自分の手に余るものを持って意味があるのかと疑問があるかもしれないが、この生活を過ごすようになって気づいたのは「大は小を兼ねる」のだ。「あんな機能があれば」と思ったら大体可能だし、もしなくても意外と安い値段で対応もしてくれる。逆に入門モデルでは逆に高くつくこともある。

 

いわばハイハイ期を過ぎてタッチ期に入って、親が優しく補助してくれるように、使い方が分かってきたタイミングで、随分と道具たちに助けてもらったのだ。まあ、突き詰めると自分の腕以上に上手に写真が撮れた気がしたとか、軽く漕いで早く自転車が動いた気がしたとか、とっても感覚的なものだが、僕を良い気持ちでだましてくれたのは間違いない。

 

少ないチャンスをものにせよ

色んなセミナーに行って誰々と出会っただとか、○○を勉強してます!とか、どこどこに旅行したなんて、意識低い系の人には無縁な話だろう。そもそも新しいことを始めようとすることも少ないはずだ。なぜなら意識の低い系の僕がしないからだ。

 

だけど人生生きていれば、ふと思いついた時になにかにチャレンジしてみようと思う時がある。意識低い系の人はその数少ないチャンスを逃してはいけないのだ。チャレンジをする時に、自分で逃げ場所をなくすために手が届く範囲よりも少し高いものを買う。つまりは形から入って自分の逃げ道をあらかじめ閉めておくべきなのだと思う。